スーパーロボット君
とある動画を見て影響されてきました。
私はあんまり賢い方ではないので言葉にすることが下手なんだけど。
人手不足を補うために外国人を雇うって学校の先生が言ってました。
じゃあなぜ人手不足になんのかって、少子化問題もあるよね。
しかし、私は他にも思うことがあるのだ。
私は高卒だから仕事なんて選んでる立場ではないんだけどっていうか、したい仕事がわからないままだった。勉強ができない子だったもんね。
大学まで頑張って頑張って勉強してきた人が、3kや接客などの仕事をしたいかって言われたら、若い方はノーと言うんじゃないでしょうか。大企業大手メーカー将来安泰高月給、そう言う職場に着くために勉強頑張るんですもんね。
ここから私の考えです。
AI の大発展、より精密で正確な知能を搭載、スマホによる遠隔操作可能、そんなAIが社会に導入されると、間違いなく人よりも効率がいいんですよ。
パソコン業務が1番わかりやすいと思う。
人→実働8時間。(ホワイトカラー)
個人での仕事スピードや正確さにバラツキあり
人件費、残業代
その他の経費
体調管理
休日、有給、特給の調整
このくらいしか思い浮かばなかったが、人を雇うだけでこんなにも周りが動きお金が回る。
AIスーパーロボット君→
24時間対応
同じスピードで仕事に対応
購入費、維持費、メンテナンス
スマホにより完成した書類のチェックが可能
休みなく働く。
こんな感じになった。どう?効率がいいのはパソコンだよ。一台で3人分働くことができる。ご飯も制服もいらないし、感情もないから面倒な関係性もない。今の時点では高額なスーパーロボット君も、5年、10年、15年と、どんどん改良されてスマートになりコスト削減にも成功して、メンテナンスも数年に1回でオーケー!スマホ一台で誰でも楽々設定!
そんな感じになったら、企業は買うでしょ。そうなったら、事務から人はいなくなるでしょ。
だけどそれは、AIロボット君が成長すればの話。今現在頑張ってくれてる人たち次第。仮に大成長を遂げロボット革命が起きても、まだ人ができることってあると思う。(ロボット君の修理とかそんなんじゃない)
人情が関わる仕事だ。
営業、医者、介護、看護、保育士、芸能人、政治家?、
自分なんてネットショップで洋服や靴なんて絶対買いたくない人だから、声掛け接客も入れておこう。
介護の学校行ってるから、介護で例えるね。利用者さんは毎日毎日違う。昨日は元気でも今日は体調悪そう。いつも体拭いた後手を上げてくれるのに、今日はなかったな。なんか違和感あるな。そしたら血圧が高かったり、便が出てなかったり、熱があったり。元気がなかったりあったり。
ロボット君きっと頭から煙出てるよ。人の感情や違和感。その対応がこれからの人が働く強みなんじゃないかな?
大企業大手メーカー、やはり就きたいですよね。でも、もう少し視野を広げて見てほしい。大手に落ちてニートするくらいなら、人手不足の3kと呼ばれしまう職種も、大変そうな営業も、保護者が大変そうな保育士さんも、是非偏見なく勉強して見てほしい。嫌なら辞めて、逃げて。
次に行こう。
人手不足を今、今後更に移民で補おうとしてるよね。頭悪い私でもこうなるんじゃないのかって想像がつく。きっとヨーロッパみたいなことが日本でも起きるんじゃないかな?予想だけど。
ちなみに、介護で働いている外国の方々はとてもとても丁寧に働いてくれるそうです。残念なことに、日本人よりも丁寧だとおっしゃる先生もいました。
今日本で必死になって働いてくださってる全ての人、感謝です。本当に。
(ちなみに。介護は給料かなり上がるみたいですぜ。)
何が言いたいのかって言うと、
移民より現地民雇おう。ってか雇って。
大手狙いのあなた、少しでいいから視野を広げて見て。
続き
2年の冬、商業科2人は補習とか検定とかでとても忙しいみたいで、練習を遅れてくるスパンが多くなった。その頃私は人生初めてサボりというものをした。
気分が悪いので帰りますと女顧問に言ったら、機嫌が悪いの間違いじゃないのかと笑われながら言われた。公認でサボれてしまった。
でも、女顧問はこんな態度が悪く気難しい私でも絶対見捨てなかった。少しでも話しかけて来てくれた。サボりもその日だけで終わって、その頃から本格的に先生を負かすために稽古をしようと思った。今まではなんとなくだった。女子は私1人の時が多かったけど、幸いにも一個下の男子後輩と仲が良く、和に入れてもらえて、数人ではあるがタメの男子とも練習相手になって貰えた。先生との稽古には絶対自分が1番にかかって行った。ボロクソにやられたし、次に待ち構えていた男子との立会い稽古の方が、女顧問は生き生きしててムッとした。
今まで打ち合いとかが好きだったが、女顧問と試合を(立会い稽古だけど試合って思ってやっていたw)重ねていくにつれて、攻め合いが楽しくなっていた。(打突の前に心理戦みたいなのがある)一回だけ、本当に一瞬の一回だけ、自分が優位な攻め方ができて女顧問は思わず、おいANKOLO!今の!!私が引いたのわかったか!!!!!?
と興奮して問いて来てくれた。めっちゃ頷いた。高校で初めて嬉しいと感じた。そのあとコテンパンにやられた。
後に個人戦の大会があって、攻めのコツをつかんだ私はきちんと落ち着いて、気持ちを整理して、打突の機会を伺った。いつもは腕を組んで睨みつけられるが、その日の大会は腕を組み微笑んでくれていた。本当に嬉しかった。
辛かった冬も開け3年になった時、なんと女の後輩が3人も入って来てくれたのだ。5人で大会に出れる喜びと、後輩が入ったという気持ちの引き締まりと、二個下という、後輩の可愛さ。後輩たちが、私たちのせいで負けてすいませんと言わせないように、今度は後輩のために頑張ろうと思った。明るくてよく動いてくれて男子とも仲が良くて本当に良かったと思った。同じ思いはして欲しくなかったから。
商業科の子達と話し合い、女子だけだけど朝練しようってことになって3人で朝練をした。女顧問は遠くから見てくれてたみたい。
最後の総体、個人戦で、中学の同級生と2人当たり、4回戦目1番仲が良かった子とだった。辛かった時、その子の家に遊びに行ってお互いの心情の報告し合って、お互い葛藤があったり、同じ境遇だったりと、私の悩みを打ち明けられる彼女がいてくれたおかげで乗り越えられた時期もあった。そんな彼女と最後の引退試合、個人戦と当たる事が光栄だった。女子には珍しく40分近く戦っていたらしい。(剣道の個人戦は勝敗が決まるまでずっと続く。引き分けとか休憩はない)40分なんて感じなかった。1つ1つの動作がスローモーションで命がけ。お互いの3年間の集大成。合い面で私は負けた。彼女はその先も勝ってくれて、準優勝で全国へ行った。結果は団体個人戦とも出せなかった。でも後味は悪くなくて、なんというか清々しい?気持ちだった。
玉龍旗に出ることとなり、その大会は勝つことではなく、最後の思い出づくりとして和気藹々と出た。全てを終えたあと、県総体では出なかった涙も、ポロポロと自然に涙が出て来た。走馬灯のように、辛かったこと悔しかったこと、やる気のなかった時期、嬉しかったこと、いろいろ出て来て、終わった〜と安堵もあり、いろんな感情だった。
私の剣道ライフは終わった。
男子が嫌いだったのも私は男子に嫉妬してたんだと思う。部の中心で、盛り上がってて、人数もたくさんいて、力強くて打ちも強くて、体はでかいし、スピードがあって、先生にも構ってもらえて、羨ましかったんだと思う。
なのに稽古は揃わない、謹慎者が出たり、不真面目。女子は隅っこで、おまけ感があって、地味で。
劣等感を感じてたんだと思う。最後らへんは仲良くなれたのに、時間がかかったのは私が勝手に嫌っていたんだと気づけた。
あひるの空のワードで思い出話を書いた。空みたいに、行動力がなければ影響力もない。仲間を奮い立たせることもできなかった。先生たちみたいに、誰かかが導いてくれないと私は問題を解決できない子だった。
中学、厳しい先生が勝つ道を導いてくれて、転勤した途端路頭に迷い、
高校、1人では不貞腐れることしかできなかったけど、女顧問が歩み寄り導いてくれたおかげで楽しかった、充実してたと言える時期がある。
高校生の部活は辛い思い出が多く、今でも思い出すたびに落ち込んだりする時がある。正直今でも会うのが怖い、嫌だ。そんな高校でも楽しかったと言える時期がある。周りの人のおかげだ。
地獄の高校生
高校は剣道の推薦でどうにか公立に入れた。
偏差値が低くて32とかでしたw私立しか無理と言われてたけどなんとか推薦で入れた公立。
中学と似てたのが女子の境遇。3年生1人、2年生1人、私たち1年生は4人と、またまた少数クラブだった。あとは全然違った。
戸惑ったのが、男子がとても賑やかで盛り上がっていたことと、練習内容。
中学の時は、男女混合で練習してたのだが、高校だと練習は一緒でも、男女別だった。6人でローテーションする事に違和感しかなかった。体格の差とか言われたらもうそれまでだが、体当たりや打突の弱さ、キレなど3年生の先輩除いては正直物足りなかった。
前回紹介した掛かり稽古も、時間ではなく周回で終わりが決めており、男子が一周したら終わりみたいな感じだった。これが高校生の稽古かと、1年ながらに焦った記憶がある。
3年の女子の先輩はかっこよかった。毎日後輩よりも早く稽古に来て、稽古に対する取り組みも真剣で、ついて行こうと思った。2年の先輩はよく休んでた。とりあえず3年の先輩のために頑張ろうと思った。自意識過剰じゃないけど、3年の女子先輩はよく私を褒めてくれた。偉いよとか、他の1年何してんのかとか。ミーティングの時に褒めてくれたり。
(私はインテリア科、他の3人は商業科で、1年なのに商業科は部活に来るのが遅いため、他の1年何してんのかって言ったんだと思う)
そんな先輩も6月に引退して、1.2年体制になった。明らかにやる気がない、稽古にも休みがちな2年の先輩。でも勝ちたいとか、試合に負けたら泣きじゃくったりとか。でも稽古に来ない。意味がわからずついていけなかった。その頃から男子とも距離ができた、というか私が嫌がってしまった。明らかに見下されてるというか距離を置かれているというか。そうな態度に見えてしまい悔しかった。稽古中稀に男子にかかって行くことがあったが、明らかに手を抜かれてムカついた。そんな状態に顧問が見かねたのか、女子を収集してミーティング。2年の女子先輩のいいところを言えととか、お前たちはどうしたいのか言われて、2年の女子は1人しかいないけどそれでも続けてるのはすごいと言って、私は勝ちたいと言った。他のみんなも同じようなこと言っていた。このミーティング後も特に取り組みも変わらず解決にもならず、稽古は女子はどんどん隅っこになっていって、余計に男女の差が開いた。女子は勝ちたいチームじゃない事に気付いた。
2年に上がり、新しい女の顧問がやって来た。聞けば大学一年の時個人の大会で優勝したとか。期待感と不安が入り混じった。キャリアのある女副顧問、今まで築いて誰からも慕われる優しい現顧問。うまく行くのかなぁと。
やる気のない3年の女子先輩にも情が湧き、タメの女子剣道部を収集して、先輩の引退前は頑張らない?と声をかけた。しかし商業科の資格取得(全員強制参加型)時期と総体時期が被って、練習には基本的に遅れて参加となり、流石に温厚な顧問もキレてた。そんなタメ女子商業科3人はしょうがないじゃんと逆ギレ。居残り稽古もなく、遅く来て一緒に帰るという状況だった。そんなんで勝てるわけもなく、なんのドラマもなく引退試合は終わった。
引退前に新しく来た女副顧問と揉めた。体育教官室に呼び出されお前は私にどうして欲しいのかと聞かれ、今までやってきた顧問の先生のやり方でやらせて欲しいと言った。当時、女副顧問が出しゃばって見えたんだと思う。それに、自分が引退する身だったら最後まで今までの顧問に見てもらいたいと思ったから。伝わったかわかんないけど、そうか、の一言で終わってしまった。
少しして9月くらいタメの商業科の1人が剣道部を辞めてしまった。説得も届かず辞めてしまい、後輩もいなくて、女子は3人となってしまった。流石に私も気持ちが切れ勝ちたいとかの欲がなくなってしまった。一応女子キャプテンとなったがまとまるも何も3人だし、挙げ句の果てに、練習試合の時、先輩のおじちゃんが、おい○○、お前が女子まとめろ!と、私以外の人を指名し、えっ?みたいな空気になった。私が女子キャプテンとしってか知らないかわからないが、情けないけど悔しくなかった。知らんぷりして適当にその日を終えた。
とある大会、11月くらいかな?その頃には女副顧問が全面的に主体となっていて、今までの顧問は男子メインで見ていた。5人制の大会に3人で挑んだ試合があった。練習は適当なものの、いざ大会となるとやっぱり勝ちたいの欲がチョロチョロとくすぐるものだ。強い学校とあたり、もちろん負けた。何故だかわかんないけど、その負け試合、私だけボロボロと泣いていた。高校最後の大会より泣いてた気がする。女顧問が、これからだな!お前ら悔しいだろ!これから私立負かそうぜ!気持ち入れようぜ!みたいに熱い言葉を言った。ハイ!!と両脇から元気な声が聞こえたが、私は首を振った。ヒックヒック泣きながら首を振った。なんでだ!!!!って聞かれたけど、癇癪しすぎて喋れなかった。必死こいて稽古してきた人たちとこんなにも差があり、でも自分の力じゃ周りの人たちにも響かない。どうすればいいのかわからなかった。やっぱり大会に出るからには勝ちたいくて、そのためには辛い稽古をしなくちゃいけなくて。ダメだ無理だの言葉が頭から離れなかった。
続く
部活ののお話
私の学生の部活動の話。
私は剣道部でした。
中学1年生。友達とソフト部かバスケ部か入ろうとしてたけど、辞めて剣道部にしました。
理由は人が少なかったから。体育館とソフト部のグランドの間に武道館があって、たまたま目に付いたんだと思う。
□ ◎ △
↑体育館 ↑武道館 ↑ソフト部のグランド
バスケ部とソフト部の部活動見学の通り道だったわけよ。
剣道の見学に行くと、男子は多かったものの、女子は4人という少なさで即決。先生も狂ってるくらい厳しい先生で、辞めとけと姉に言われたが、うちらの頃には転勤するだろと思い、安易に入部をした。
そこから始まる私の剣道の物語。
先生は、剣道の大会があると他校の生徒が駆け寄って挨拶に来て、人集りも先生の周りには道ができるくらい、通り過ぎる人ほとんどが頭を下げたりと、とても顔が知れてる先生だった。
一年生、初めは防具をつけずに、素振りやすり足、掛け声など基本の基本を徹底的に仕込まれ、6月頃に面をつけれた。それまでは分からなかった先生の怖さも、面をつければ鬼のような指導にはじめはビビった。でも、もちろん怒られてるのは自分1人じゃないので頑張れた。
3年生も抜けると、2年の先輩2人、私たち1年の4人、合計6人の女子チームとなってしまい、早くから試合に出させてもらった。(5人制だから)
そこからさらに先生が厳しくなり、練習もきつくなる。掛かり稽古というものがあり、本当にキツくて嫌いだった。例えるなら、ずっとペースを上げながら走って、息遣いはほとんど吐いたまま。ゼェゼェの息遣いができないのだ。
剣道は声出し命だから、メェーンとかヤァーとか言いっぱなし。瞬時に息を吸い上げて打突と同時に声を出す。
ただでさえしんどいのに、先生は何かしらの理由をつけて延長するもんだから、しかも機嫌が悪い時には1時間掛かり稽古とかザラじゃなかった。
しかし、試合では少しずつ勝てるようになり、大会の入賞も多くなり、2年の冬の県大会で団体2位になり、全国大会に行くことができた。
予選で負け、帰りの先生の挨拶で、今年いっぱいで転勤になる。今までありがとう。と言い、冬季全国大会と、厳しい先生との剣道ライフは幕を閉じた。
そこからだ。スランプに陥った。初めてのスランプに戸惑って、思うように体が動かなかった。でもどうしていればいいか分からずそのままずるずる引きずってしまった。
もし厳しい先生なら喝を入れて、スランプ脱出を導いてくれるんだろうと、大人になってから思った。
今まで先生の言うことしかやってこなかった私たちは、これからどうすればいいか分からず、新しい顧問も剣道未経験で、部外コーチが来てくれたが、週に1.2回くらい、しかも1時間程度。彼はとても優しかった。
新しい顧問は、剣道を知ろうとしてくれて、防具をつけて一緒に稽古してくれたり、等身大になってくれたりして嬉しかったし、初めはうまく噛み合わなくとも、自然とみんな慕っていった。
路頭に迷った私たちは、最後の総体は私の一本負けで団体ベスト8とという結果で終わった。
3年間毎日、全部活動参加の朝練があった。20〜25分間走なのだが、時間走だと個人の追い込み具合で全然内容が変わってくるので開始5分にはもうヘロヘロで、そこから自分との勝負で本当にきつかった。よく頑張りました。
先生が右と言えば右に。左と言えば左に。何でもかんでも言うとうりにしていれば、強くなれた。疑問なんて一切湧かなかった。だって先生怖かったし、結果が出てたから。
厳しい先生は、今の時代だと絶対アウト。クビレベル。内容は言わないけど。
体罰問題で今話題だけど、生徒と監督の信頼関係だと思うよ。体操だって、女の子は暴力があったが体罰だとは思わない。指導の一環だって言ってるのに、知らない偉い人があーだこーだ言って、その生徒と監督の関係が終わろうとしてる。第三者によって関係が崩されるなんて、それはとても悲しいこと。
話はそれたけどこれが中学ストーリー。
そしてこれからが地獄の高校ストーリー。
YouTubeのあの人にハマってる
ケー、イー、エム、アイ、オー
ケミオ、デーーース😍
YouTubeのkemioにどはまりしました。
一言一言が面白いよー涙
声に出して笑ってるw
いい歳して若い子の言動にハマってます。
溢れ出るいい子感よね。人情深そう。ある程度の常識があるから笑って見てられるよね。
YouTubeでお金稼げるって認識ができたから副業とかにもしてる人がもしかしたらいるんじゃないかな?
だって、自分の趣味特技が少しでもお金になるなら嬉しいよね。釣りとかゲームとか。でもなんでか日本の一般企業では、副業がバレると会社によっては一発解雇とか謹慎とかよくわかんないことが起きるよね(外国もそうなのかな?)。副業したら損害があるんだろうか?副業がダメならお給料とか、休みとか充実させてくれたっていいじゃんね。関係ないか。日本は学歴社会のコネ社会の資格社会ですし。でも学歴資格は勉強頑張れって話だけど、コネだけはどうも抵抗がある。もし自分が期待に添えない仕事ぶりなら、紹介者の評判落としてしまいそうで、プレッシャーが半端なさそう。漫画とかでよくありそうな、息子がいきなり入社して次期社長とかなら話は別だが。
そうそう。漫画で思い出したんだけど、あひるの空が電子出版されてて、ちょっとだけショックでした。作者のポリシー?みたいなんが電子出版だけは嫌みたいなこと言ってた記憶があって、そこに少しながらいいなーと思う自分がいました。やっぱり時代の波に飲まれたかーと思い、そりゃそうかとちょっと残念。
でもおめでとうございます日高先生。アニメも応援してます。田舎で見れないけどね。
空たちの環境、とても大変だと思うけど、とても憧れている自分がいました。自分達で創り上げるってすごくカッコいい!
私は常に敷かれたレールで動いてましたから。
結果高校で痛い目見ましたが。
そこはまた今度書こうっと。
明日
ニートが終わってしまいます。
訓練校のスタートです。
嬉しいけど緊張するし。
難しいって聞くし。
友達出来たらいいなー
ちょい前までは、私人見知りだしなって言ってたんだけど、
それってかなり損な言葉じゃないんだろうかと思うようになってから、絶対口に出さないようにしてる。
もちろん人に話しかけるのは勇気がいるし、人前に出るのなんて嫌ですよ。でもこういう新しい場って、自己紹介が絶対あるし、お昼ご飯の流れとか考えてるし。
行けば楽しいと思うんだよな。学校とか。嫌ならもったいないけど辞めればいいし。
とりあえず、謙虚な気持ちを忘れず物事に取り組みたい。
いいね、残り2018年は謙虚さを忘れずいこう。
スポーツ
大坂なおみさん、おめでとうございます!
プレイも楽しみだけど、インタビューも面白可愛くて好き!素直な子!世界で輝くってすごいなぁ。
私も学生時代、小さな野望がありまして。それは新聞に載りたいという目標でした。
すごく小心者で、表彰式とか人前に立つと足がガクガク、手はブルブル震えて、いわゆるノミの心臓の持ち主です。身体と見事に反比例ですわ。
そんな私でも剣道の面を被れば、そんなのどっかにポイー。顔さえ隠せれば羞恥なんてどっか置いてけぼりだよ。
試合中の写真を引き抜いて新聞に載るという理想も虚しく、名前だけちょろっと載ったくらいで私の青春終わった。
学生が終わると、運動する機会がゼロになるよね?食べる量変わらないのに全く運動しないからそりゃ太る。筋力落ちて脂肪増えて体は重たく余計に動きたくなくなる。凄まじい負の連鎖。それが約10年継続されました。継続は力なり。
悲しいことに、気づけば体を動かすことが億劫に、いや、ストレートに言うと嫌いになりました。瞬発系は得意だったはずなのに。今はもう悲しいくらい反応できない。
なんだこれ!?これが現実!!?
さすがにいかんと思い、今年の夏ウォーキングとか始めた。汗をたっぷりかきたくて、長袖にパーカー羽織って水分しっかり補給して、いざ行かん!始めはすごくいいんだけどね。20分も歩けば歩く風に涼しさすら感じてしまう。この代謝の悪いこと!顔から滴るくらい汗をかきたいんだけど、顔がほんのり赤くなる程度。背中とかはしっかり汗かいてるんだけどな。あと、手の甲めっちゃ汗かくよ笑。
一万歩目指すも歩くのに飽きて結局切り上げちゃう始末。ウォーキングに楽しさを見出せない。。。おまけにせっかちな私はすぐに結果が出ないことを言い訳に1週間ポッキリでウォーキングを辞めてしまった。
代謝を上げるには筋肉が必要なんですよね??
でも筋肉太りの人は筋トレ控えてストレッチとか有酸素?運動とか、負荷があまりかからない程度の筋トレとかがいいんでしょ???
なんか矛盾してない?
太ももとか二の腕、これ以上太くしたくないなぁ。
ネットの情報だから、きっとなにかの情報がおかしいんだよね。
食事管理がわたしには良さそうだなぁ。
明日釣り行って、釣った魚で爆食メニュー考えてるのに、、ビールたらふく飲んで海鮮丼すすって肝醤油でまたご飯がススムさん。
だってさ、満腹が1番の幸福なんだよ。
満腹を超える精神的充実はあるのか??
やはり恋なのか。。
恋すれば痩せれんのか。。
、、、
無理やんけ!!
だれか教えて涙!!